佐賀地方裁判所 昭和24年(行)8号 判決
原告 真崎栄吉
被告 佐賀県農業委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は佐賀郡高木瀬村大字東高木字七本杉二七九番田三反三歩の中その二分の一につき高木瀬村農地委員会が昭和二十三年十一月八日公告の訴外真崎繁一に売渡す売渡計画に対し原告が同年十二月一日被告に為した訴願に対する被告の昭和二十四年三月三十一日の訴願棄却の裁決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めその請求の原因として前記字七本杉二七九番田三反三歩は昭和二十二年十二月二日政府が之を旧地主から買収し、翌二十三年三月四日原告が、同月五日訴外真崎繁一がそれぞれ買受を申し込んだところ、高木瀬村農地委員会は右三反三歩の田の中その二分の一を訴外真崎繁一に売渡す旨の売渡計画を定め同年十一月八日公告したので原告は同月十七日同委員会に異議を申立てたところ、右異議は同月二十五日棄却となり、原告は更に同年十二月一日被告委員会に訴願したが被告委員会は翌二十四年三月三十一日右訴願を棄却する裁決をした。しかしながら前記三反三歩の田地は原告が永年にわたり旧地主から借受け本件政府の買収当時まで原告が耕作してきた小作田であるので当然その全部を原告に売渡すべきものであるにも拘らずその中二分の一を訴外真崎繁一に売渡す旨の売渡計画を定めたのは違法であり従つてこれに対する原告の訴願を棄却した被告の裁決も違法であるから、これが取消を求めると陳述し、被告の抗弁事実を否認した。(立証省略)
被告指定代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として原告の主張事実中本件三反三歩の田を原告が永年にわたり旧地主から借受け本件買収当時まで原告が小作してきたことは否認する。その余の事実は認める。本件田は元原告が小作していたものであるが原告は昭和十七年頃満州に転住するため、当時原告が小作していた田畑の全部(本件三反三歩の田を含む)の耕作権をその長男である訴外真崎繁一に金五百円の代償をとつて譲渡したものであつてその後原告は満州から帰来したが長男繁一と別居し、農繁期に賃料を貰つて右繁一の耕作を手伝つていたものである。ところが昭和二十年二月右繁一が応召した後同年五月頃から本件三反三歩の田を右繁一もその妻文子も何等承諾しないのに拘らず原告が勝手に耕作してきたもので原告の右耕作は正当権原に基かない不法耕作である。従つて原告は本件田の買収当時における正当な小作農とはいわれない。仮に不法耕作でないとしても、それは訴外繁一の前記応召により同人から一時転貸を受けたのに過ぎないから、同人復員後は同人に耕作させるのが相当であり、従つて本件田三反三歩はその全部を右繁一に売渡すべきものであつたが高木瀬村農地委員会のあつ旋で同人がその二分の一の権利を原告に譲ることになつたので、本件田三反三歩を二分し、その一を訴外真崎繁一に、他の一を原告にそれぞれ売渡すこととする売渡計画を定めたものであつて、右計画には何等違法の点はないと述べ、抗弁として昭和二十四年四月九日係争農地の現場に於て原告と訴外繁一との各耕作部分の区劃を定めた際に高木瀬村農地委員会のあつ旋により原告もその区劃に同意して和解が成立したものである。従つてその後において本件売渡処分の取消を求める原告の本訴請求は理由がないと述べた。(立証省略)
三、理 由
本件田三反三歩が昭和二十二年十二月二日を買収の時期と定めて政府により買収されたことは当事者間に争なく、証人石橋滋、石橋篤、多々良伊作(第二回)の各証言に徴すれば、右は自作農創設特別措置法第三条第一項の規定による買収であることを認めることができる。そして右農地につき昭和二十三年三月四日に原告が同月五日に訴外真崎繁一がそれぞれ高木瀬村農地委員会に買受申込をしたところ、同委員会は右三反三歩を二分し、その一を原告に、他の一を訴外繁一に売渡すこととする売渡計画を定め、同年十一月八日その公告をし、原告は右訴外繁一に対する売渡計画に対し同月十七日右委員会に異議を申立てたが同月二十五日右異議棄却の決定がなされ、原告は更に同年十二月一日被告委員会に訴願したが被告委員会は昭和二十四年三月三十一日右訴願棄却の裁決をしたことは当事者間に争がない。
各成立に争のない甲第五号証、乙第五及び第六号証、証人石橋篤の証言により各成立を認め得る乙第二及び第十三号証、証人中村文吾の証言により成立を認め得る乙第十八号証に証人張与一、富安春次郎(第一、二回)、大岡彌蔵、田中嘉八、真崎繁一、北原万三、真崎文子、中村文吾、石橋篤の各証言を綜合すれば、本件田三反三歩は元原告が旧地主石橋七郎から賃借し小作してきたもので、原告は本件田を含め合計八反歩位を耕作していたが、昭和十七年四月頃原告は既に老境に達し且つ神経痛を患い、又長男繁一は佐世保市に二男家松は満州にそれぞれ別居していたので原告夫婦で農業を続けることが覚束なくなつたところから、佐世保から長男繁一夫婦を呼び寄せ、その後は右繁一が主となつて耕作を続けたが、その頃原告夫婦は満州の二男家松の許に赴くこととなり、その旅費や原告の病気治療費等に当てるため繁一から金五百円を出費させ、その代り原告の小作田の耕作権を全部繁一に譲り地主も右繁一の耕作を承認し、爾来繁一は農業に精励して次第に小作田を増し、当初八反歩の耕作面積を二町近くにまで拡張したところ、原告夫婦は昭和十九年に満州から帰郷し、しばらくは繁一と同居していたが間もなく繁一夫婦との折合いが悪くなつたため、繁一からその耕作田中一部の分譲を受けて他に別居することとなり、繁一はその後昭和二十年二月応召して相浦海兵団に入団したが、その際本件田その他数反歩の農地は原告からの申出もあつて、その耕作を原告に依頼することとなり、同年度の稲作から原告が本件田の耕作をし、繁一は同年九月末頃復員したが原告はその後も本件田を繁一に返還せず、前記の如く昭和二十二年十二月二日政府に買収されるまで耕作を続けたものである事実を認めることができる。被告は繁一の応召後原告が勝手に本件田を耕作したもので不法耕作であると主張するけれども、この点に関する証人真崎繁一、真崎文子の証言は措信し難く、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。
そこで自作農創設特別措置法の規定により本件田の売渡を受くべき適格者が原告であるか又は訴外真崎繁一であるかについて考えるに、前記認定の事実に徴するときは前記繁一の応召後原告が本件田を耕作したのは自作農創設特別措置法施行令第十七条第一項第五号に定める農地の一時転貸を受けたものに該当すると解せられる。そして当事者間に争のない本件田につき原告と訴外繁一との双方から買受申込があつた事実及びこれに対し村農地委員会が審議の結果本件田を二分してその一を訴外繁一に売渡す旨の売渡計画を定めた事実に徴すれば、村農地委員会においても右と同じく原告の耕作を一時転貸を受けたものと認め、且つ本件田は訴外繁一に耕作させるのを相当と認めたものであることが容易に推認せられる(本件田の他の二分の一を原告に売渡すことと定めたのは繁一が親子の関係上農地委員会のあつ旋もあつてその権利を譲つたためであることを推認するに難くない)。もつとも前記施行令第十七条第一項第五号及び同条第五項によれば一時転貸をした者を売渡の相手方と定めるためには売渡計画を定める前に県農地委員会の承認を受けなければならないこととなつており、本件において右事前の承認を受けたことについては被告の何等主張立証をしないところであるが、本件の売渡計画に対してはその後原告から被告委員会に訴願し、同委員会において審議の結果原計画を相当と認めて訴願を棄却したものであり、成立に争のない甲第一号証によれば右訴願棄却の裁決の理由とするところも原告の耕作を繁一の委託による一時的のものと認めたによるものであることを認めることができる。しからば本件売渡計画は結果において被告委員会の承認を受けたものであるから、事前の承認を受けなかつた点において手続上の瑕疵があつても、その瑕疵は右事後の承認によつて既に治癒されたものであると解するのを相当とする。以上により本件売渡計画において売渡の相手方を訴外真崎繁一と定めたのは正当であり違法の点はない。
次に本件訴願裁決がなされたのは前記の如く昭和二十四年三月三十一日であるが、成立に争のない甲第十六号証及び証人千綿亮次の証言により成立を認め得る乙第二十二号証の一に証人千綿亮次多々良伊作の各証言を綜合すれば、村農地委員会の売渡計画では単に本件田の二分の一宛を原告と訴外繁一とに売渡す旨を定めたに止まり、その範域を特定せず、訴願裁決のなされた昭和二十四年三月三十一日当時も同様未特定のまゝであり、その後同年四月九日に至り村農地委員会において多数委員が本件田の現地に臨みこれを東西に分割した上、原告と訴外繁一とに抽籤させて西側二分の一を原告の分、東側二分の一を繁一の分と定め、こゝにようやく範域を確定して図面を作成し、その頃これを被告委員会に送付したものである事実を認めることができる。そこで村農地委員会の本件売渡計画は売渡の目的物を特定しない点において違法のそしりを免れず、本件訴願裁決も同様違法でないかと疑われるようである。しかしながら甲第一号証の訴願裁決書(分割実測図が添付してある)が原告の手裡にある事実及び本件口頭弁論の全趣旨に徴すれば、訴願の裁決書が原告に交付されたのは前記現地において分割がなされた後の事であり、且つ右裁決書には分割図面を添付して原告に対する売渡地と訴外繁一に対する売渡地とを明確に区分してあることが認められる。右の事実に徴するときは被告委員会は昭和二十四年三月三十一日に開催された委員会において本件訴願について審議した結果、一応原計画を維持すべきものと決定したが、たゞ目的地の分割特定は被告委員会が自らなさずして、これを村農地委員会に委嘱することとし、これに基き前記のように村農地委員会から分割図面の送付を受けた後、右分割図を添付した裁決書を作成した上、これを訴願人たる原告に交付したものであることが推認せられる。訴願の裁決は文書を以てしなければならず、その裁決書はこれを訴願人に交付しなければならないことは訴願法第十四条、第十五条の定めるところであり、訴願の裁決は右裁決書の交付によりその効力を生ずるものと解すべきであるから、本件裁決が裁決書の交付によつて効力を生じた時期には売渡の目的地は既に特定されていたものといわなければならない(本件裁決の主文は訴願を棄却するというに止まるが、その実質は原計画を修正補足したものと解することができる)。そこで以上の点においても本件裁決には違法のかどはない。
以上の理由により被告委員会のなした本件訴願裁決には何等違法の点はないから、これが取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 岩永金次郎 富川盛介 神保修蔵)